魔法少女のステッキ

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美人画から見る美人の変遷。「現代のブスは過去の美人」は真実なのか?

昔の美女は「おかめ顔でふくよかだった」と言われていますよね。

現代のブスは過去の美女だったかもしれない?つまり将来は美人とブスが反転する時代がやってくるかも?…なんてブスの希望になっていますが、これは真実なのでしょうか?

 

つい最近、新撰組の中で本当の美男子は誰なんだ?」といった内容の記事を書きました。

 

新撰組の副長である土方歳三が美形だったのは有名な話。

写真も残されているのでその風貌を目にすることができるのですが、江戸時代女子からだけでなく、平成女子の私から見ても普通にシュッとしたイケメンに見えます。

つまり私の好みが一般から大きく歪んでいなければ、土方歳三は現代にいたとしても美男に分類されるでしょう。

 

そこでふと疑問が浮かんだのです。

男性のルックスを評価する美の基準は大きく変化していないのに、女性の美人の基準だけがこれほど大きく変化したのか、と。

 

▽『新撰組のイケメン』についての記事▽

arasukkiri.hatenablog.com

 

『おかめ顔=美人』は美人画からきている?

一体どこで「おかめ顔が美人」という認識になったのか…。

私は「絵」がきっかけではないかと考えました。

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喜多川歌麿の「寛政三美人」という作品です。

 

このような「美人を描いたんだよ」と言われた絵を見て、私たちは「この時代はこういう人が美人だったのか」と思い込んでいったのでは…と考えます。

 

この女性たちにはモデルになった人物が存在していて、左右は「あそこのお店の子、すっごい美人なんだよ」と客が集まる看板娘。中央が吉原の美人芸者さんです。

 

と言うことは「やっぱりこの時代はこういう顔が美人だったのかなあ」って思いますよね。

幕末(江戸後期)の芸者の写真が残っている

さて、この時代にわかりやすく「美」が求められた存在とは何でしょう?

芸者や遊女などではないでしょうか?今でいうコンパニオンのような仕事ですかね。

 

美を売りにする花街で人気のあった女性は「美人」であったと考えても良いのではないでしょうか。

 

幕末の芸者や遊女の写真は実は残っているのです。

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△玉村康三郎が撮影

 

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△斉藤きち(1841‐1890)、伊豆国下田の芸者

 

私には絵に見えたんだけど画像の引用元によると写真なのだそう。

幕末~明治期にかけて撮影された写真に、現代の技術を駆使し、モノクロ写真をカラー写真に加工した、当時の日本人女性の写真です。

引用:https://plaza.rakuten.co.jp/greatest29/diary

 

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△芸者 不明

 

どうですか?彼女たちは現代の視点からみても美人ですよね?

それが「絵」になるとこうなります。

 

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芸者実物と美人画の中の美人は似ても似つかなくありません?

 

自分が美人の職に就いてて(美人扱いされてて)「絵、描いてくださるの?」って楽しみにしてて差し出された絵がこれだったらちょっとムっとするレベルの改変。

 

このように、美人画が美人の姿をきちんと描いているか?と言われると疑問が残るのです。

美人画は美人の特徴を誇張したもの

例えば「セクシーな女性の絵を描いて」と言われたら、トロンとした目・ぽってりした唇・大きめな胸の女性を描きませんか?私だったら口元にホクロも付けちゃうかもしれません。

 

でも実際は、目がキリっとしてようが唇が薄かろうがセクシーな女性はいるのです。

トロンとした目・ぽってりした唇・大きめな胸というのは、「セクシーに描いてね」と言われたときの分かりやすい表現なわけです。

 

もう一度「美人画」を見てみましょう。

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特徴的な部分は

「切れ長の目」「小さな口」「スッとした鼻」「色白」

 

この絵が美人風に描かれた、つまり「美人要素」が誇張されて描かれていると考えると…この当時は色白で涼しげな顔が美人顔だった、と言えるのではないでしょうか。

 

※それっぽい文献を見付けられず私の推測でしかないんですけど。

 

 実は「美」の基準は昔から変わっていない説

時代ごとの美人画を調べていると、美人の条件は最近まで一貫しているような気がします。

一緒に時代ごとの「美」を眺めていきましょう。

 

〈江戸時代〉

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喜多川歌麿「寛政三美人」

 

喜多川歌麿(1753?‐1806)が江戸時代の浮世絵師なので、コレを江戸の「美人」とします。

この時代の美人とは「切れ長の目」「おちょぼ口」「色白」でしたね。

〈明治~大正〉

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上村松園「灯」

 

時代が進むと、画の技巧も増え、より実物(リアル)に近い絵になります。

 

上村松園(1875‐1949)は明治・大正・昭和の3つの時代を生きた日本画家です。

なのでどの時代の思想を強く受けているか?が重要になってきます。

 

個人が持つ美の基準は割と若いうちに固定されるのかな、と思います。10代~20代遅くても30代。

例えば10代~20代の時に清楚系が好きだった人が30代になってセクシー系が好みど真ん中になることってあんまり無いと思うんです。逆にセクシー系から清楚系っていうのも。

 

こんな風に、自分の中の「美人」基準は結構若いうちに定まるのではないかと。

なので上村松園美人画明治~大正の美人のつもりで選びました。

 

この時代も美人は「切れ長の目」「おちょぼ口」「色白」であることがわかる。

〈昭和初期〉

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△志村立美「舞妓」

 

このころになると、画の精巧さもグっと上がります。

志村立美(1907‐1980)は一応明治の生まれですが、たったの5年なので昭和初期のつもりで選定しました。

 

この時代も「切れ長の目」「おちょぼ口」「色白」が美人の条件だったのでしょう。

 

こういう絵も描かれています。

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これまでの時代の美人画に比べて「目」にこだわりがあるのがわかります。「美人=目」という意識が強くなった時代だったのでしょうか。

志村立美の作品は複製画にも関わらずめちゃくちゃ高値で取引されるほど人気です。

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〈昭和後期〉

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昭和後期の美人さんは現在でもご存命だったりするので、昭和女優さんから選んでみました。

「昭和で1番の美人女優は誰なんだい?」って疑問にネットでは「吉永小百合!」って声が多かったので、昭和後期の美人さんは吉永小百合さんにしておきました。

 

目は丸っこいイメージでしたが、目尻にかけてスーッとなっていて実は切れ長。

昭和初期の美人画に似ているし、美人の基準はそんな変わってなさげ。

 

〈平成〉

【???】

 

で、平成の美人と言えば誰でしょう?

平成に入ってから美の種類が増えたと言いますか、新たにドールっぽさ(ハーフっぽさ)が1つの美人として出てきたなと思います。グローバル化の影響でしょうか。

 

あとゴクミさん?

色白だけじゃなく、褐色の健康的な女性も造形が美しければ「美人」にカテゴライズされるようになりましたね。

 

「儚げ」が美の絶対条件ではなくなってきたのが、女性の社会進出という平成の世相を表している気がします。

 

この【???】に一体どんな女性が入るのか…平成もあと半年なので楽しみです。

現代の日本画家が描いた美人画をまとめた本も考察に役立ちそうです。

 

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さてさて、肝心の結論。

「美女」の基準は大きく変化してきたのか?の問いに私が出す解答は「NO」です。

幕末の芸者の写真から分かるように、かつての美人たちは現代でも通用する美人さんでした。

 

そして美人画を見ると、意外と「美人」に求められる条件はつい最近まで変わっていないことがわかります。

つまり「あの時代だったら私は美人だったのに~」というのはとんだ勘違い野郎だということになっちゃうんですね~…うーん、ジーザス!