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【感想】『ジョーカー・ゲーム』 柳広司 優秀なスパイとは諜報に長けていることではない、個性を殺せる者だ

ジョーカー・ゲーム柳広司 あらすじと感想

〈あらすじ〉

 結城中佐の発案で陸軍内に極秘裏に設立されたスパイ養成学校 ”D機関” 。「死ぬな、殺すな、とらわれるな」。この戒律を若き精鋭達に叩きこみ、軍隊組織の信条を真っ向から否定する "D機関" の存在は、当然、猛反発を招いた。だが、頭脳明晰、実行力でも群を抜く結城は、魔術師の如き手さばきで諜報戦の成果を上げてゆく…。

 

 

〈感想・ネタバレ有り〉

優秀なスパイは何にもとらわれていない。

スパイにとって経歴などただの過去であり、名前でさへ特別なものではなく、個人と区別する記号にすぎない。

 

「そんなものは所詮、後から張り付けられた名札にすぎない。いつでも剥がれ落ちる。貴様たちに与えられているのは、今この瞬間、目の前にある事実だけだ。目の前の事実以外の何ものかにとらわれた瞬間、即ちそれは貴様たちの弱点となる」

 

「何事にもとらわれない」とはいったいどういうことなのか。

それは本作の中で明らかになっていく。

 

特に最終章「XX ダブルクロスではスパイにとって”とらわれる”ことで起こる弊害が描かれている。

 

 

私が気になっているのは「魔都」の章である。

他の章では、スパイがどの人物に扮しているか分かるように描かれている。

 

しかし「魔都」に限っては、誰がスパイなのか明らかな描写が存在しない。

本間だろうか、それとも草薙だろうか?塩塚の可能性も捨てきれない。

 

ただ1つ言えることは、このスパイ活動は失敗に終わったということだ。

何せマト(ターゲット)が死んでしまったのだから。

 

この章のスパイは今後もスパイを続けているだろうか。

私は辞めてしまっている気がする。

スパイが誰だか分からないが、マトが死んでしまったことは、彼の自分の能力に対する過信・傲慢であったと感じるから。

これも一種の”とらわれ”であるのではないだろうか。

 

アニメ『ジョーカー・ゲーム』をもっと真剣に見ておけば良かったと後悔

2016年4月~7月に本作はアニメ化されていました。

私も見ていたんですが、キャラクターの差別化ができておらずすぐに見切ってしまったんですよね。

佐久間が馬鹿にされていた記憶しかない…。

 

今思うと、キャラクターが際立たないというのは

個性を出さないためのワザとだったのだなあ、と。

 

本作がインテリジェンス・ミステリとしてとても面白かったので、

アニメをちゃんと見ていなかったことに今になって後悔している。