読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

魔法少女のステッキ

好きなことを好きなだけ。

【感想】 さあさあ、深い深い落語の世界へ 『こっちへお入り』 平安寿子

☆『こっちへお入り』平安寿子 あらすじと感想

こっちへお入り (祥伝社文庫)

こっちへお入り (祥伝社文庫)

 

  吉田江利、三十三歳独身OL。

 ちょっと荒(すさ)んだアラサ―女の心を癒してくれたのは往年の噺家(はなしか)たちだった。ひょんなことから始めた素人落語にどんどんのめり込んでいく江利。忘れかけていた他者への優しさや、何かに夢中になる情熱を徐々に取り戻していく。落語は人間の本質を描くゆえに奥深い。まさに人生の指南書だ!涙と笑いで贈る、遅れてやってきた青春の落語成長物語。

 

☆〈感想・ネタバレ有り〉

 私は落語に触れたことがない人間である。落語で思いつく事といえば『笑点』。だがしかし、落語家さんが出演していても、あれは落語というよりは大喜利といった方が近いであろう。なので私は落語に関して知識がほぼ0の人間であると言えてしまうほどにしか落語に触れたことがない。

 

 そんな人間がこの本を読み終えてまず感じたことは、「悔しい!」である。落語に少しでも触れていたら、もっと違う感じ方、深い感じ方が出来たのではないかと強く思う。

 

 『落語=今でいうお笑い』という認識を持っていたが、人生讃歌(要は娯楽)という部分を除くと別物なのだと感じました。

 落語は、お話自体を楽しむことが出来るのは、もちろんですが、1つのお話を別の噺家さんがするのを聞いて噺家さんの持ち味や解釈の違いを楽しんだり。

 

 今のお笑いって漫談(漫才)というよりも一発芸やリズムネタの色が強いと思うので、起承転結のあるお話にオチがあって、トンチをきかせて、というのはすごく新鮮でした。

 また、”笑い”だけでなく泣き”人生教訓”なんかがお話になっているものもあって、『人生の指南書』といわれる理由はこのあたりにあるのかな、なんて思ったりもします。

 

 扇子と手ぬぐいと自身のみでお話を演じるのは、すさまじい能力が求められるだろうなと簡単に理解できると思いますが、主人公である江利も落語の難しさを体感し、同時にやりがいを感じていきます。

 

 しぐさ、所作の難しさと同時に江利は登場人物の気持ちの理解を求められるようになるのですが、私はここがこの本の読みどころなのかな、と思います。

 江利は自分に近いキャラクターや共感できる登場人物に対しては気持ちを込めて演じることができても、逆はダメで。

 しかしながら、落語は登場人物全員を自分ひとりで演じる必要があるので、落語を通じて相手を理解しようと努めたり、自分の偏った考えを自覚したりするのです。

 そして私たち読者は、江利のそんな成長を通して、良い人に描かれている人物の黒い部分や、逆にダメ人間に描かれている人物の愛らしい部分を見ることとなります。

 

 なんだか少し人生観が変わるというか、相手の視点に勝手に立たされて理解せざる得ないので、物事の見方が優しくなれるような気がします。

 

 例えば!

 落語では江戸の男がよく出てきますが、この時代の男は亭主関白で、「妻に礼なんかいえっか!」みたいなタイプが多いんです。

 最初の方は「何もう!偉そうで優しくない男だな」と感じるんですが、本を読み終えるころには「はいはい照れてるんでしょう、格好つけちゃって、もう」といったくらいの心の変わりようです(笑)

 

 一度、ちゃんとした落語を見てみて、娯楽としての落語を味わってみたいと思わせてくれる作品でした。